京都の相田さん(仮名)が、辛かった生活苦の体験談を書いてくださいました。
毎日の食費にも事欠く貧乏生活。
辛かった日々も、今となってはいい思い出になっているそうです。
目次
旦那がリストラ
旦那が、チョッとした行き違いで、会社を辞めなければならなくなり、転職するハメになりました。
京都で仕事を探していたのですが、なかなか見つかりません。
ようやく人の紹介で見つかった仕事は、愛知県の小さな会社でした。
愛知県へ引っ越し
就職が決まったのは良いのですが、京都から愛知に引っ越しです。
アパートは会社が用意してくれたのですが、ものすごく古くて小さなボロアパートでした。
見たとき、『えっ?こんなところに住むの?』と、絶句して涙があふれてきました。
給料も、以前の会社の時から半減し、生活できないほどです。
毎日の生活が苦しくて、私もパートで働いたのですが、とても生活できるほどには稼げません。
生活苦がひどくて、一生こんな貧乏生活が続くんじゃないかと、不安な日々を過ごしていました。
増えていく借金
生活苦で、毎日の食費も足らないような日々。
周りからの借金も次第に増えていきました。
ボーナスも、ボーナスと言えるような金額じゃありません。
毎月の給料よりもボーナスの額が少ないのです。
どうしても現金が必要時は、クレジットカード現金化を利用したこともありました。
街金から、お金を借りたこともありました。
クレジットカード現金化や街金からの借金は、後で自分の首を絞めることにもなりかねません。
でも、その時は、どうすることもできずに、必死でした。
ずっと大切にしていたブランド物やスマホ、iPadも売る羽目になりました。
いつか貧乏生活から脱したい
お金がないので、食費にも困っていました。
バランスの良い食事と言われますが、食べられるのは、安売りのインスタントラーメンだけという日も続きました。
スーパーに行く道の途中に、お地蔵さんがあったのですが、
『早くこの貧乏生活から抜け出せますように。』
と、前を通るたびにお願いしていました。
それほど信心深いわけでもなかったのですが、それこそ困った時の神頼みでした。
旦那の復職
そんなある日、私たちに転機が訪れました。
以前の会社で旦那の誤解が解けて、ぜひ戻ってきてほしいという声がかかったのです。
旦那は、かなり優秀な営業マンだったのですが、実は上司の方が使い込みをしていて、それを旦那のせいと偽って会社に報告していたのです。
でも、私たちには、もう引っ越しするお金がありませんでした。
会社もそのことが分かっていたのか、引っ越し代も再就職のお祝い金も出してくれました。
元の住み慣れた京都に引っ越しでき、とてもうれしかったのを昨日のことのように思いだします。
毎日拝んでいた、お地蔵さんが、助けてくださったのでしょうか。
お陰様で、今では多少の交際費も出せるようになりました。
たまにですが、ネイルでおしゃれを楽しむこともできるようになりました。
いい思い出として
やりくり下手だった私も、今じゃおとなしく、たまに美容や洋服おねだりするときもあります。
でも、愛知の時代では、それすら無理でしたね。
というよりも、そんなこと考えも及ばないという状態でした。
だって、主食は安売りのインスタントラーメンでしたから。
でも、底まで行ったお陰で、節約上手にはなったと思います。
今となれば戻りたくはないですが、いい思い出です。